おちまさと氏のナマ授業ライブ
「人生はレコードのようだ・・」と誰かが言った。
それは「時間の教科書」という本の前書きから始まり、著者おちまさと氏は時間の魔法を解いたかのように思えた。
「時間の教科書」ナマ授業ライブが始まり、いきなりマーケティングをやるおちまさと氏。
どこでこのイベントを知ったのか?とマーケ開始。
まさに一石二鳥から一石多鳥に物事を進めていく姿勢には、ポジティブさというよりずうずしさも若干感じた。
おち氏曰く・・・時間を無駄にするヒトと時間の効率が良いヒトの違いは
短い時間から始めるヒト(時間のムダ)であり、
長いものから始めるヒト(時間の効率)らしい・・・
それは長く時間がかかりそうな物から手をつけ始め、ちょっとした時間の合間にすぐ出来ること(短い時間でできてしまうこと)をすれば、時間の効率がよくなるとのこと。
おち氏はマンションの駐車場シャッターが開くまで7秒かかるそうで、その合間に7秒で話が済む相手に電話をかけるらしい・・・それでは精神的・肉体的・生理的な部分での時間の効率はいかがなものか。
例えばエッチ(精神的・肉体的・生理的)について。
男性にとってのエッチはコミュニケーションを取りながら気持ち良いことをし、望むなら子供も作れてしまうという一石多鳥で時間の効率マジックなのか?
そして女性にとってのエッチもコミュニケーション+気持ち良いこと+子供が出来れば良い=産む場合は、ここで時間が制限される。従って、男性と女性の時間の効率という部分が違うように思える。(また生理的な部分での時間軸に男性と女性では時間が違うように思える。男性は一瞬?女性は持続したりしなかったり様々?)
そう思うと男性と女性の時間軸が全体的に違うようにも思えてくるが、どうなんでひょ??システム生物学や自然・社会科学の次元の違いが出てきたりして様々な角度から細かく分析すると複雑系になるのかしら;;などどアホらしいことに気づく。
時間の教科書に書かれている「1.男女の時間を考える」に男女の時間は違うと書かれているが、数枚程度でありほとんどがあくまでも男性から見た女性に対する時間軸の解釈である。しかし当たってる部分も幾つかは有り。なので時間の教科書は男性向き?と思ったがシンプルに使えそうなものと使えないものがあるということだけ。それにしても女性は雑に男性から取られてますな;時間。また男性も女性が雑だともいわんばかりなもんですな。
話は戻るが「時間・チャンス・タイミングは貯金できない」とおち氏は言っていますが、時間の積み重なりの結果がチャンスを生み、そして偶然が起きると解いてた。
ヒトはどれほどの時間とチャンスとタイミングを逃しているのだろうと考えると、ゾッと鳥肌が立つような気持ちにさせられる。それを人生というひとつの道路として考え毎回繰り返される選択を割り当てていくと、違った意味での欠損した遺伝子や脳の仕組みに気づくのではないかとまたあぽん遺伝コのせいで考えさせられる。
またおち氏がナマ授業ライブで話した偶然体質話は、お笑いみたいな偶然体質話しのようでしたが時間を巻くとはまさにこのことのように思える。
ただの偶然は2度重なれば偶然ということにはならないようなので、ナマ授業ライブでの偶然話しはいかがなものか。というより偶然体質って幸せ体質とか霊感体質とか、その類なんかい。偶然というより必然になってくるっていうことなのか...ストーカーか?よーうちわからん(‘v‘)
お笑いと偶然体質のような話で、ヒトをひきつけようとするのはよく使うでしょう。番組作りの特徴なのでしょうか。私的だけど仕事のこと以外、個人的付き合いではこのような話し方は騙す手口が多かったように思えるので経験上、信頼はできないと予測。所詮はエンタメ、おもろければ良し。
全体を通して私的ではあるが、「時間の教科書」=【時間の工夫】ただそれだけだと思う。また時間の効率はすべてが効率良くこなせるわけではなく、そうでないものが幾つも存在するということ(当たり前)。なので物事は単純なことばかりではないから、物事をいかにシンプルに考え時間を操れるようにする工夫が必要でもあり大切である。(キャラクターの主人公設定に似ているかも?)
結論としておち氏がナマ授業ライブで言いたかったことは次のことのように思う。
時間を決める=ショートアレンジの積み重ね=人生
また「過去と未来は裏切るが、今の時間は裏切らない」というおち氏の言葉には「今を生きろ」というメッセージの中に(時間を大切にする=時間を操ること)に繋がってくるのだと思う。
おちまさと氏がいう時間の神様が降りてくるのは、こういう時なのかもしれない。
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