燃えメイド私生活
秋葉原にいるメイドカフェのメイドさん達の実生活
さっきまたテレビでメイドカフェの特集をやっていた。今まではメイドカフェにくるお客さんを題材としてきた番組が多かったが、需要と供給、供給する側(実際に働きサービスする)が取り上げられていた。メイドをしながら声優を目指している人や精神的に昔自律神経失調症だった人、ただ単にコスプレが好きだから、とやはり様々な動機また育ってきた環境があって勤めているみたい。ただ単にアルバイトをする感覚とはちょっと違うところがみそ。
両親が反対していてもメイドにこだわる理由は、自分自身を認めてくれるからだと言っているが、その認めてくれる人というのはお客さん=社会人ということなのだろう。メイドを通して自分自身を認めてもらえるということは、とにかく自分の存在を肯定してもらえるという快感。その両親はメイドカフェと風俗のイメージが一緒だったみたいだから、実際に行ってみてその手の男性相手のサービスではないことが分かったみたい。
そこまでやるか!献血アップへあの手この手そこまでやるか!献血アップへあの手この手http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060323i408.htm
なんらかの形で社会に認められたいという欲望は誰にでもあることだと思う。その手段としてメイドという職業を選択することについては、特に周りが意識する必要ということはないように思う。生きていればどの職業・社会でも多く見られる。
ここで意識をして見る人というのはメイドカフェに行ったことがない人たちで、ニュースやらで時々メイドカフェのことを聞いたり見たりした勝手な偏見(イメージ)というのは持っているのだろう。全然フツーのカフェと変わらないのにね?フツーのカフェとの違いはショーがあったりゲームを一緒に楽しんだり写真を撮ったり、コミュニケーションの形がちょっと従来より特殊だと思える(一般的に見える?)ところ。ただ、ご主人様とメイドという主従関係が前面にあることがちょっと引く。エスカレートしたら一種の奴隷制度と同じようになるのか?ということを考えてみたが、個人レベルでいう仮想プレイのような錯覚のものかも?そう考えていると東京大学メイド研究会にたどりつく。http://maidken.hp.infoseek.co.jp/
先日も秋葉原へ行ってみて思ったことは、どこへ行ってもメイドの格好をした人が多くなってきたなということ。それでメイドという職業の全体的な価値が下がり、誰でも簡単にメイド服を着ただけでできるメイドは今の世間のニーズに対応はできても、つまらないように感じてしまうような気がしてならない。
あくまでも女性から見たメイドに対することについてだけど、社会的に見た女性の地位というのは昔から変わらず男社会に踊らされた女性の仕事?のあり方なのかもしれない。
メイドが今になってチヤホヤされているのは、女性という性の部分を特にウリにしたサービスでもあるのだから、昔でいうブルセラと似ている部分があるのかもしれない・・などと派手になった秋葉原を歩きながらも心は寂しくなっていた。
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